Relaxの雑記

Relax的雑記集

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色々と施行中。。




心を動かされた。

たけくまメモ あれが“死”か。(1)
たけくまメモ あれが“死”か。(2)


ブログにも既に何度か書いたが、昨年12月19日、俺は2度目の脳梗塞発作を起こして死にかけた。
医者や親父の話を聞くと、脳出血も起こしていて本当に死の一歩手前まで行ったようなのだが、残念なことに俺はまったく覚えていない。麻酔でぐっすり眠っていたからである。



明日死ぬのか40年後に死ぬのか、誰にもわからないのだから、以前は漠然と抱いていた「人生、まだ時間はある」という根拠のない考えはとても持てなくなった。明日もし死ぬのだとしたら、それはもうどうしようもないが、余命が1年か2年だと思って生活するとしよう。そうなったら俺は、「本当にやりたいこと」「本当に好きなこと」しか、たぶんやらないと思う。やりたいことをすべてやり尽くして死ぬことは、余命が何十年あっても不可能だろう。だったらその途中でもいい。なにもやらずに死ぬよりはましだと思えるのだ。




人は必ず死ぬ。もちろん私も。
死ぬことは誰にでも平等にやってくる。
だが、人生の歩き方は平等じゃない。自分で決めていける。


改めて、今、この瞬間が、とても大切な人生の一瞬であることを教えられた。


今日一日を大切に生きてみたい。
そのことは、iPodやMacを生み出した、アップルCEOのスティーブ・ジョブズの有名なスピーチでも語られている。


GIGAZINE もし今日が自分の人生最後の日だとしたら
私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。



自分で体験することが全てじゃない。他人の経験から学ばさせて頂けることは沢山ある。
そして、すばらしい知恵を瞬間的に手に入れられるようになったインターネットに感謝。


たけくまさんの、一日も早い回復をお祈りしております。


労働者として「労働」する場合、この記事で語られている、比較的誰でもできる可能性がある「労働」と、誰でもすぐには出来ない「労働」に大別される。


404 Blog Not Found  掃除夫の不満、職人の不安

掃除の技能というのは、多くの人が日頃自宅でやっていることで(これに関しては私もやっている)、わざわざ学校に行ったり師匠の元で修行しなくても出来る。



しかし、世の中の仕事の少なからぬ部分は、すぐには就けない仕事だ。何年も学校に通い、その後も何年も現場を踏んではじめて出来るようになる仕事も少なくなく、そしてこうした仕事がますます増えている。




経済的な意味に限定すれば「労働」の「価値=報酬」であるだろう。



物やサービスの値段は、欲しい人とそれを与える人のバランス、つまり需要と供給のバランスによって成り立つため、
この2つの「労働」を比べてみると、誰にでもすぐには出来ない という労働供給量の制約を根拠として、相対的に後者の報酬は高い場合がある。



ただし、経済的価値に限定した「労働」を求めるのであれば、労働者として「労働」を追求するのではなく、安定性、収益性などにおいて、労働者としての「労働」より、遙かにボラティリティの大きい、経営者としての「労働」を追求しない選択肢は、あまり合理的であるとは言えない。これは、誰にでもできる、できないという取っ付き易さとは違う軸の話だ。



田坂広志さんが、経済的価値に限定しない、労働の価値という基準を語ったこの話を思い出した。



前者の、誰にでもできる「労働」は、後者の高度なノウハウや知識を生かす「労働」より「労働」の価値が低いとは必ずしも言い切れないということを端的に表している。




二人の石切り職人


旅人が、ある町を通りかかりました。
その町では、新しい教会が建設されているところであり、
建設現場では、二人の石切り職人が働いていました。


その仕事に興味を持った旅人は、
一人の石切り職人に聞きました。


あなたは、何をしているのですか。


その問いに対して、石切り職人は、
不愉快そうな表情を浮かべ、
ぶっきらぼうに答えました。


このいまいましい石を切るために、
悪戦苦闘しているのさ。



そこで、旅人は、もう一人の石切り職人に
同じことを聞きました。


すると、その石切り職人は、
表情を輝かせ、生き生きとした声で、
こう答えたのです。

ええ、いま、私は、
多くの人々の心の安らぎの場となる
素晴らしい教会を造っているのです。



どのような仕事をしているか。
それが、我々の「仕事の価値」を定めるのではありません。
その仕事の彼方に、何を見つめているか。
それが、我々の「仕事の価値」を定めるのです。








「労働」の価値は、経済的な意味に限定すると、その価値を見誤ってしまうのだろう。



二人目の石切り職人が生み出す商品やサービスは、何よりも私たちの心に響きはしないだろうか?



私自身も、二人目の石切り職人の思いで、仕事に励みたい。


2007年2月2日 毎日新聞記事より
厚生労働省は2日、「インフルエンザの流行シーズンに入った」と発表した。全国の定点医療機関約5000カ所から1月15~21日の1週間で、感染者が定点当たり1.06人、計4960人の報告があった。流行の目安は、定点当たり1.00人でこれを上回った。流行は昨シーズンに比べ5週間ほど遅い。(毎日新聞)



流行をいち早く取り入れてる、なんて素敵なワタシ。。


つーか、鼻、ノド、熱のトリプルアタック受けてます。
頭はガンガン痛いし、寒気がひどいです(涙鼻
皆様、風邪にはお気をつけて。



インフルエンザ流行レベルマップはこちら
http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/inf-keiho/YR06/flu3-2007/jmap03.html





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  • 出版社/メーカー: タイガー

  • 発売日: 2006/09/01

  • メディア: ホーム&キッチン








通りすがり、コツンと小突かれて頭をプラプラ揺らしている様子を思い出す。
不二家のペコちゃん人形である。



老舗ブランドの不二家だが、洋菓子でも他の選択肢が沢山ある昨今、暫く口にしていなかった気がする。
実感を裏付けるかのように、このところ損益計算書の数字でも元気が無かった不二家。
競争力を弱めていった老舗は、このような品質管理しかできなかったのか?それとも、恣意的に行わなかったのか。





2007年01月17日(水)付 愛媛新聞愛知新聞社説 『不二家社長辞任へ 消費者を欺いた責任は重い』 より
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200701178098.html
「ペコちゃん」で親しまれている不二家のずさんな品質管理にはあきれ果てる。
消費期限切れの牛乳をシュークリーム製造に使うなど、大手菓子メーカーにあるまじき行為だ。コスト削減や利益を優先し「食の安全」を軽んじた経営を消費者は許さない。
雪印乳業による集団食中毒事件の教訓はどこへ行ったのか。藤井林太郎社長の引責辞任表明は当然だが、失った信頼を取り戻すのは容易ではあるまい。ペコちゃんを泣かした不二家は一から出直すしかない。
老舗不二家は二〇一〇年に創業百周年を迎える。社内の意識改革を促すために昨年、プロジェクトチームで五十数項目に及ぶ報告書をまとめた。問題点を洗い出すはずだったが、期限切れ原料使用は社員の目に触れないよう報告書から外し、幹部だけに提出していたという。




また、2007年1月16日 ニッカンスポーツ.com 『不二家、今月にも期限切れ原料使用』 より
http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070116-143397.html
大手菓子メーカー「不二家」(東京)は16日、今月5日にも埼玉工場(埼玉県新座市)で期限切れの生クリームを使いショートケーキを製造していたことを明らかにした。
同社はこれまで、昨年11月に社内調査で期限切れ原料使用が分かり、全工場に管理体制の徹底を指示したと説明していた。しかしその後も期限切れ原料が漫然と使用されていた形で、ずさんな企業体質がさらに浮き彫りになった。





不二家の犯した罪は大きく2つだろう。


 1.不正認識が事前にあったにも関わらず、公表を数ヶ月遅らせた。
 2.不正認識後も、堂々と不正を行い続けた。



不正認識後の対応としては最悪で、リスクマネジメントの教科書などに、失敗事例として名を残しそうだ。
何よりも、消費者は、もう二度と食べたくないと感じているだろう。



そうなのだ。



人間、基本的には口からしか栄養を取れない生き物である以上、食の安全に対する問題は、著しくマイナスの感情を呼び起こす。
その感情がまず拒否をしてしまうのだ。不二家ファンの方は絶対に許せない思いだろう。



負の感情が引き起こす結果は恐ろしく、不二家はその制裁を受けることになるだろう。



しかし、我々、負の感情だけで抵抗しにくい商品やサービスにも着目するべきだろう。
不二家報道の裏側で報じられた、このニュースなどがそうである。



2007年1月16日 読売オンラインより
第一生命1800件不払い、三大疾病特約で150億円
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20070116i105.htm?from=main1

大手生命保険会社の医療特約付き保険で保険金不払いが発覚した問題で、第一生命保険のがんや脳卒中、心筋梗塞(こうそく)の三大疾病特約に大量の不払いがあることが16日、明らかになった。
保険金の不払い件数は2006年12月時点で1800件(約50億円分)あり、このうち約300件の契約については、すでに計6億9000万円の保険金を追加して支払ったとしている。ただ、今後の調査で不払い件数は最終的に5000件程度まで拡大し不払い総額は150億円規模に達する可能性もある。




保険金不払い問題などは、保険料を受取っているにも関わらず、サービスを提供していないという、詐欺行為とさえ呼べる代物だ。
不払となっている金額も甚大であり、ライフプランへの影響は計り知れない。



しかし、生命保険のような性質の商品は、感情だけでは抗えない難しさを抱えている。
このような不祥事が発覚したとしても、高齢だったり、既に何らかの病気をしてしまっていることにより、サービスを打ち切りたかったり、別の保険会社の商品に入りたくても入れない人などが沢山いる。




日常生活において、その商品やサービスへの依存度がどの程度あるのかを掴んでおく。
不二家報道の一方で、代替的ではない商品やサービスを見直してみることも必要なのかも知れない。





2007年01月17日(水)付 愛媛新聞愛知新聞社説 『不二家社長辞任へ 消費者を欺いた責任は重い』 より
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200701178098.html
期限切れや汚染された原料で約一万三千人が下痢などの症状を訴え、大きな社会問題になった雪印乳業の食中毒事件は七年前のことだ。利潤追求の陰で食の安全が、またないがしろにされことに憤りをおぼえる。
不正によるブランドイメージの低下は命取りになることを、企業側は強く認識すべきだ。消費者をなめてはいけない。





消費者をなめていたことのある保険会社一覧
保険金不払い事件 ウィキペディアより

不当な不払いを起こした保険会社一覧
■生命保険会社
明治安田生命保険
日本生命保険
朝日生命保険
アメリカンファミリー生命保険
損保ジャパン・ディー・アイ・ワイ生命保険
第一生命保険
アリコジャパン
オリックス生命保険
アクサ生命保険
アクサグループライフ生命保険
大同生命保険
マニュライフ生命保険
AIGスター生命保険
損保ジャパンひまわり生命保険
プルデンシャル生命保険
三井住友海上きらめき生命保険
富国生命保険
三井生命保険
住友生命保険
東京海上日動あんしん生命保険
ソニー生命保険
AIGエジソン生命保険
T&Dフィナンシャル生命保険
日本興亜生命保険
共栄火災しんらい生命保険
東京海上日動フィナンシャル生命保険
あいおい生命保険
富士生命保険
ジブラルタ生命保険


■損害保険会社
あいおい損害保険
損害保険ジャパン
三井住友海上火災保険
日本興亜損害保険
東京海上日動火災保険
富士火災海上保険
ニッセイ同和損害保険
共栄火災海上保険
スミセイ損害保険
明治安田損害保険
朝日火災海上保険
ソニー損害保険
セゾン自動車火災保険
セコム損害保険
三井ダイレクト損害保険
そんぽ24損害保険
大同火災海上保険
日新火災海上保険
エース損害保険
アクサ損害保険
ジェイアイ傷害火災保険
アメリカンホーム保険
AIU保険
チューリッヒ保険
ゼネラリ保険
ニューインディア保険











ホワイトカラーエグゼンプションが話題になっている。
確かに労働時間規制を撤廃すれば、人件費カットも真実だし、過労死増えるだろうし、少子化傾向が強くなるのも一面の真実なんだと思う。
僕たちにとって、全くもって楽しい話ではない。



でもね、声高に反対の声を叫ぶだけで本当にいいの??とも思わない?



深呼吸して、今この瞬間に何が起きているのか。ってことを見つめてみようよ。



ホワイトカラーエグゼンプションが、グローバルで競争力を保つため、ホワイトカラーの報酬は成果によって与えられるべきだというなら、例えば、中国でもインドでも、日本企業の現地法人で働くホワイトカラー君達に接することで、理解できることもあったりする。



そんで、見渡すと、中国語、日本語、英語のトライリンガルなんてゴロゴロしているし、会計や法律の知識、ITに精通している人間なんてホントにザラにいる。



彼らの多くは、成果主義が徹底している欧米系企業での就職を最終目的にしていたりするから、優秀であればあるほど、日本企業でのキャリアを踏み台にして次々にジョブホップをしていく。
そういうスペシャルなホワイトカラー君達は、受取る報酬が先進国のそれより遙かに低い水準でも、彼らの世界における他の労働者と比較した場合の相対的な収入は圧倒的に高いため、彼らの生活は極めて優雅だ。
こんなことが、今まさにベトナムとかチェコとかブラジルとか世界中で起こってる。



でもね、どっかで聞いた話でしょ。



今の日本でさえ、実は既に同じだったりするでしょ。
転職マーケットを見渡せば、国内の求人と比較すると、相対的に外資系の求人は、要求されるハードルも高いし、オファーも良いものが多い。
成果ベースで給料が支払われるし、そして、成果が出なくなれば明日の夕食にありつけない。



ただ、僕たちは自分の話になると、少し様子が違ってきてしまう。
日本のサラリーマンは高度経済成長の間、ずーっと年功序列、終身雇用で働いてきた。
そういう社会を持った僕たちは、彼らの真実こそ真実であると聞いて育ってきた。
外資系は先が見えなくて不安定だとか、日本の大企業に勤めるべきだとか。
そういう意見や考え方だって全然多い。



ただ、何よりもこのことが、僕たちの不幸なんだということを、理解する時なんだ。



例えば、つい6,7年前までテレホーダイでチンタラ繋いでいたインターネットは、数年以内に携帯電話でも光回線と同じレベルの速度で接続できるようになる。
より大容量の情報やコミュニケーションが、柔軟に高速にやり取りできる社会で、何が起こるか?



もはや、労働者の作業場所は不問になる時代がやってくる。



だってそうだよね。
現場の打ち合わせだって経営会議だってリアルタイムでできる。
商品が必要なら世界中の倉庫から在庫情報を取得して、輸送リードタイムを考えた最速の出荷ができる。
ほとんど全ての商品やサービスの提供は、国境を無くしていく。



仮に、今、サラリーマンとして働いている僕たちが、経営者だったとしたらどうするだろう。
作業場所が不問であるということは、作業者の国籍なんて一切関係なくなる。片言であっても最低限の意思疎通が、英語か自社の母国語ができればよい。
より高パフォーマンスな人材なら、どこの国の人間でも、他社に流出されないだけの給料が支払える人材を長く囲い込む戦略を採用するだろうし、
置き換え可能な単純労働を行う人間であれば、世界中で最もコストの安い人間を使うだろう。
そして、現実にこういうことが起り始めてる。



このことは、今、僕たちが普段の生活の中でしていることにも似ている。
どこでも買えるような商品は、価格コムの最も安いショップから買うし、銀座久兵衛でしか食べられない寿司を、10万円以上払って食べる行為そのものだ。



大局観のある人たちは、もう十分に理解している。
例えば、fromdusktildawn氏の、『さっさと次へ行こう。もう日本という物語は終わったのです。』
世界中に張り巡らされていくインターネット回線は、発展途上国に、英語圏の産業集積へのアクセスを、ますます容易にしている。
それによって、英語圏の産業集積は、ますます価値を増大させ、日本という言語の壁のなかに閉じこめられた日本の産業集積の力は、相対的に衰退していく。
そして、ますますパワーアップしていく英語圏の産業集積に、より自由にアクセスできるようになった発展途上国の人々と、相対的にますますショボくなっていく日本の産業集積に依存する日本人との落差は縮まっていき、日本人だけ特別のゲタをはかせては、もらえなくなっていく。




そろそろ、ヌルくなった頭を切り換える時期じゃないのかな。
確かに、例えば大数の法則に従った場合、統計的に社会の真実は存在するんだろう。
ホワイトカラーエグゼンプションを採用すれば、11兆円の残業コストが削減されると言われるし、国際競争力もそれなりについてはいくだろう。
けれども、僕たちの、そして、僕自身の人生の真実は誰も定めていない。



だから、僕たちは自分の出来ることを、自分の立ち位置を、たな卸しすることが必要なんだ。
試しに、この本で語られるような自立心を持ってみる。





自分自身を自分株式会社として、アイ・カンパニーとして、見つめてみる。
自分株式会社の事業計画を立て、戦略立案を行い、資金繰りを考えてみよう。
そして、自分の頭で考えた先に、見えてくる未来はある。



労働者として生きていくだけが全てじゃない。起業したっていい。
労働力の全てを会社に捧げるんじゃなくて、余力を残して副業したっていい。



労働者として働くにしても、無為無策で働くなんてハイリスクは避けよう。
ランチェスター戦略を学ぼう。自分の得意分野を伸ばせるキャリア戦略を立て、その戦略を実現できそうな少しのチャンスも見逃さないアンテナを張り巡らそう。
日系企業で海外に目を向けられない企業にいるなら、とっとと転職しよう。
引退までの道筋が見えているなら、大過なく過ごして逃げ切ることだって、立派な戦略だ。



そんな資本主義に疲れるなら、低コストで暮せる海外に移住したっていい。治安や医療についてのリスクを知った上で。
フリーターや派遣社員やったっていい。ワーキングプアのようなリスクがあることを理解した上で挑戦すればいい。
詰まるところ、リスクの無い生き方など存在しないのだから。







下流社会 新たな階層集団の出現

下流社会 新たな階層集団の出現










恐らく、1時間あれば読み切れるボリューム。
ページ数もさることながら、内容自体も極めて平易な表現で書かれています。
【極めて平易な表現で書く】という行為そのものに、読者に対する配慮を感じます。







本文の5ページ
「人と人との関係には賞味期限がある」ということです。どれだけ仲の良い友達でも、緊張感を持たずに付き合っていると、その関係はあっという間に劣化していく。




このお話は、きっと、どなたでも経験ありますよね。
そして、友達だけに限らず、職場の同僚、先輩後輩や、家族親戚でさえ全く同じ。



では、どういう行動を取ると、お付き合い=コミュニケーションが円滑に進むのか というテーマで書かれている一冊です。



こういった行動例を示した情報に、恐らく共通しているのは



頭では理解できるが、実際に行動することが難しい。



ということなのだと思います。



あえて整理すると、実行を伴ったコミュニケーションの段階を、便宜的に配慮力という造語を使いますが、この配慮力には、3つの段階があると思います。




1段階目は、コミュニケーションに無配慮な状態
2段階目は、好意的な感情や、(ビジネス現場などで)建前などを前提にした配慮を行える状態
3段階目は、自分の感情をコントロールした上で、相手の感情や建前を前提にした発言に、適切な言葉を掛け、行動を起こすことができる状態




1段階目は、人間関係に未成熟な状態で起こり得ますが、単に=子供という定義ではないです。
例えば、小さな子供でも、大切な友達が泣いている時に優しくフォローする姿などは往々にして目にするところです。
そして、大人でもこの段階に留まる方はいらっしゃいますよね。



2段階目は、多くの場合にはこの段階なのではないでしょうか。好感を持つ相手には、優しい言葉掛けや配慮をするでしょうし、ビジネス上、建前で気をつかっている状態などはこの段階でしょう。いずれにしても、【相手を見て、配慮のレベルに差をつけている】段階であると言えます。



そして、非常にまれですが、3段階目にいる方に出会うことがあります。



彼(女)らに共通しているのは、



 1.感情を単純に押さえ込むということでは無く、自身の感情を見事にコントロールしているという点
 2.そして、これまでの知識や様々や経験や体験を整理し、状況に応じて加工して使える点



にあると思われます。



どのような相手であれ、相手の感情、好意、建前、時に悪意に対してさえ、相応しい感情の状態を醸し出し、適切な言葉掛けや行動を行っていく。
そして偶然ではなく、必然的に、このような方の周りに2段階目の人は集まり、配慮を返し、1段階目の人は2段階目に上がっていくきっかけを得るのだと思います。



3段階目の配慮力を発揮するには、非常に高度な知性が問われます。そして多くの場合、3段階目の人は好意的な印象を与え、1段階目の人はあまり良くない印象を与えることになるはずです。



ですが、単に、3段階目の人が良い人、1段階目の人が悪い人という話でもないんですがね。
この辺りはまた別の機会に。

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