Relaxの雑記

Relax的雑記集

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ホワイトカラーエグゼンプションが話題になっている。
確かに労働時間規制を撤廃すれば、人件費カットも真実だし、過労死増えるだろうし、少子化傾向が強くなるのも一面の真実なんだと思う。
僕たちにとって、全くもって楽しい話ではない。



でもね、声高に反対の声を叫ぶだけで本当にいいの??とも思わない?



深呼吸して、今この瞬間に何が起きているのか。ってことを見つめてみようよ。



ホワイトカラーエグゼンプションが、グローバルで競争力を保つため、ホワイトカラーの報酬は成果によって与えられるべきだというなら、例えば、中国でもインドでも、日本企業の現地法人で働くホワイトカラー君達に接することで、理解できることもあったりする。



そんで、見渡すと、中国語、日本語、英語のトライリンガルなんてゴロゴロしているし、会計や法律の知識、ITに精通している人間なんてホントにザラにいる。



彼らの多くは、成果主義が徹底している欧米系企業での就職を最終目的にしていたりするから、優秀であればあるほど、日本企業でのキャリアを踏み台にして次々にジョブホップをしていく。
そういうスペシャルなホワイトカラー君達は、受取る報酬が先進国のそれより遙かに低い水準でも、彼らの世界における他の労働者と比較した場合の相対的な収入は圧倒的に高いため、彼らの生活は極めて優雅だ。
こんなことが、今まさにベトナムとかチェコとかブラジルとか世界中で起こってる。



でもね、どっかで聞いた話でしょ。



今の日本でさえ、実は既に同じだったりするでしょ。
転職マーケットを見渡せば、国内の求人と比較すると、相対的に外資系の求人は、要求されるハードルも高いし、オファーも良いものが多い。
成果ベースで給料が支払われるし、そして、成果が出なくなれば明日の夕食にありつけない。



ただ、僕たちは自分の話になると、少し様子が違ってきてしまう。
日本のサラリーマンは高度経済成長の間、ずーっと年功序列、終身雇用で働いてきた。
そういう社会を持った僕たちは、彼らの真実こそ真実であると聞いて育ってきた。
外資系は先が見えなくて不安定だとか、日本の大企業に勤めるべきだとか。
そういう意見や考え方だって全然多い。



ただ、何よりもこのことが、僕たちの不幸なんだということを、理解する時なんだ。



例えば、つい6,7年前までテレホーダイでチンタラ繋いでいたインターネットは、数年以内に携帯電話でも光回線と同じレベルの速度で接続できるようになる。
より大容量の情報やコミュニケーションが、柔軟に高速にやり取りできる社会で、何が起こるか?



もはや、労働者の作業場所は不問になる時代がやってくる。



だってそうだよね。
現場の打ち合わせだって経営会議だってリアルタイムでできる。
商品が必要なら世界中の倉庫から在庫情報を取得して、輸送リードタイムを考えた最速の出荷ができる。
ほとんど全ての商品やサービスの提供は、国境を無くしていく。



仮に、今、サラリーマンとして働いている僕たちが、経営者だったとしたらどうするだろう。
作業場所が不問であるということは、作業者の国籍なんて一切関係なくなる。片言であっても最低限の意思疎通が、英語か自社の母国語ができればよい。
より高パフォーマンスな人材なら、どこの国の人間でも、他社に流出されないだけの給料が支払える人材を長く囲い込む戦略を採用するだろうし、
置き換え可能な単純労働を行う人間であれば、世界中で最もコストの安い人間を使うだろう。
そして、現実にこういうことが起り始めてる。



このことは、今、僕たちが普段の生活の中でしていることにも似ている。
どこでも買えるような商品は、価格コムの最も安いショップから買うし、銀座久兵衛でしか食べられない寿司を、10万円以上払って食べる行為そのものだ。



大局観のある人たちは、もう十分に理解している。
例えば、fromdusktildawn氏の、『さっさと次へ行こう。もう日本という物語は終わったのです。』
世界中に張り巡らされていくインターネット回線は、発展途上国に、英語圏の産業集積へのアクセスを、ますます容易にしている。
それによって、英語圏の産業集積は、ますます価値を増大させ、日本という言語の壁のなかに閉じこめられた日本の産業集積の力は、相対的に衰退していく。
そして、ますますパワーアップしていく英語圏の産業集積に、より自由にアクセスできるようになった発展途上国の人々と、相対的にますますショボくなっていく日本の産業集積に依存する日本人との落差は縮まっていき、日本人だけ特別のゲタをはかせては、もらえなくなっていく。




そろそろ、ヌルくなった頭を切り換える時期じゃないのかな。
確かに、例えば大数の法則に従った場合、統計的に社会の真実は存在するんだろう。
ホワイトカラーエグゼンプションを採用すれば、11兆円の残業コストが削減されると言われるし、国際競争力もそれなりについてはいくだろう。
けれども、僕たちの、そして、僕自身の人生の真実は誰も定めていない。



だから、僕たちは自分の出来ることを、自分の立ち位置を、たな卸しすることが必要なんだ。
試しに、この本で語られるような自立心を持ってみる。





自分自身を自分株式会社として、アイ・カンパニーとして、見つめてみる。
自分株式会社の事業計画を立て、戦略立案を行い、資金繰りを考えてみよう。
そして、自分の頭で考えた先に、見えてくる未来はある。



労働者として生きていくだけが全てじゃない。起業したっていい。
労働力の全てを会社に捧げるんじゃなくて、余力を残して副業したっていい。



労働者として働くにしても、無為無策で働くなんてハイリスクは避けよう。
ランチェスター戦略を学ぼう。自分の得意分野を伸ばせるキャリア戦略を立て、その戦略を実現できそうな少しのチャンスも見逃さないアンテナを張り巡らそう。
日系企業で海外に目を向けられない企業にいるなら、とっとと転職しよう。
引退までの道筋が見えているなら、大過なく過ごして逃げ切ることだって、立派な戦略だ。



そんな資本主義に疲れるなら、低コストで暮せる海外に移住したっていい。治安や医療についてのリスクを知った上で。
フリーターや派遣社員やったっていい。ワーキングプアのようなリスクがあることを理解した上で挑戦すればいい。
詰まるところ、リスクの無い生き方など存在しないのだから。







下流社会 新たな階層集団の出現

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